神様の思し召し 第一話

「ネイト、教会を復興させようと思うんだ」
暫く会ってない僕を呼びつけて第一声がこの言葉だった。かれこれ三年ぶりか。なかなか連絡を取らないタイプの彼が急に手紙を寄越した。話をしたいので良ければ来て欲しいと住所とその一言書いてあるのみの内容で僕は心配をしたのだが。(あらぬ心配だったようだ)
「唐突だな、それに意味はあるのか?ここはずっと使われてすらいない廃墟だし、僕には…」冬の冷たい風が吹き僕は途中で言葉を止めた。
「僕には意味があるんだ、ネイト」と真面目な顔でこちらをずっと見つめるクラークの目には強い意志が見て取れた。僕には、止められない。だがそれを話すだけで呼ばれたのだろうか。
「わかった、僕はもう止めない。で、クラーク、僕はなぜ呼ばれたんだ?」
「うん」と一言、僕から目を離し、一呼吸分の間を置いてからまた真っ直ぐ僕を見据えた。
「ネイト、僕にはあまり友人がいない」
クラークはどちらかというと寡黙な方だから、確かにそうかもしれないなと思いながら次の言葉を待つ。
「君に、手伝って欲しいんだ、教会の復興を」
少しクラークの青い目が揺れた。僕が教会の復興を手伝って欲しいと頼まれるとはとは思わなかった。数年も会ってない人間をなぜ、と思ったが彼のことだ。断ったら一人でやるのだろう。
僕は目を荒れ果てた教会に目をやる。レンガは老朽化してボロボロだし、壁も所々崩れて蔦も自分の住処だと言わんばかりに生い茂っている。極め付けは十字架も地面に落ちて十字の部分に欠けた部分が目立つ。
━━冗談だろ。だってこの教会を直すのにどれくらいかかる?僕は大工ではあるが、そんな慈善をするようなタイプでもない。
クラークに目をやると、一緒に教会を眺めていたのか、横を向いていた。その白い髪で表情は見えない。何か嫌な予感がする。次の瞬間口を飛び出した言葉は、自分の意思とは違う言葉だった。
「わかった、クラーク。手を貸すよ」

その後適当なレストランに入って、お互い好きな物を注文した。僕はトマトソースのスパゲッティ、クラークはピザだ。そういえば喉が渇いたな、なんて思いながらこれまでの僕らの経緯をぼんやりと思い出していた。
「なあ、僕ら大学卒業以来話していないな」
「そうだな、唐突に連絡して悪かった」
「気にするなよ、唐突じゃない連絡の取り方もあるのか?」と僕が言うとやっとクラークは笑った。彼は大学時代、少し皮肉った笑い方をしていたが今はすこしその癖が無くなってきているのか、柔らかな笑い方だなと彼の笑顔をみて僕はふとここまで言い出せなかった疑問を投げかけた。
「なぜ僕なんだ?君の周りには僕以外も居たし、仲のいい友人も居ただろう」
「うん」と一言、何かを考えるような素振りをし僕を見据えて答えてくれた。
「ちょっとした気まぐれなのかもしれないな、本当は俺一人でやるつもりだったから」
「一人でやるには厳しい?」
「いや」と口籠ると暫く口を開かないと思ったら窓の外を眺めながら「多分寂しかったんだと思うな」と呟いた。
窓の外に見えるのは公園のブランコで遊ぶ子供とベンチでそれを見守る親らしい大人。そして冬の吹く冷たい風で寒そうに顔をしかめる通行人と、公衆電話で誰かと話す女の人。
そうだったんだ、と一言、僕らは少しの間黙りこみ食事を楽しんだ。
「じゃあ、明日から」と僕らは別れた。
僕は手伝いの準備があるので一旦自宅に戻って道具を持ってこないといけなかった。ここから三駅程の距離を往復して宿を取って。少し面倒になってきたが引き受けてしまったものはどうしようもない。聞いておいて放っておくのもなんだか心苦しい。
そんなことを考えていると電話の音が聞こえて慌てて電話に出る。
「なあ」電話の声はクラークだ。何の用だろうと思ってると「泊るところ、無いだろ」と。なるほど、その事か。無意識に笑顔が滲み出して慌てて口元を抑える。
「ないな、宿を取ろうかと思ったんだけど泊めてくれるのか?」
「ああ、もちろん」
「有難い、馬鹿にならないんだよな、宿泊費」
そうだな、と少し笑った声が聞こえる。
「荷物取ってきたら、駅で落ち合おう」
「ああ」というと電話を切った。
雪が駅の屋根からドサッと音を立てて落ちる。今年の冬は随分と寒いな。そんなことを考えながら電車に体を滑り込ませた。

「随分とまあ、なんていうか」クラークの部屋を見て僕は唖然とした。白いベッドと青いカーテン。茶色のテーブルに白地のカーペット。冷蔵庫。コーヒーメーカー。それだけ。それだけしかないのだ。
「そんなに驚くか」クラークが意外そうな顔でこちらを見やるがそりゃあ驚く。必要最低限しかない。生活感がない。
「まあ、そりゃあ…ここまで物がないのは初めて見たから」と言葉を少しだけ濁して自分の荷物を見る。シャツやズボンといった衣類と、仕事道具を持ってきたがこれを置いてもなお広いこの部屋。いや、良いんだ。他人の好きでやっていることだろうし、と頭をグルグルとあらぬ考えが廻っていく。頭を振ってその考えを無理やり止めた。
「じゃ、どこかに置かせてもらうな」
「ああ」どこでもいいよ、と彼は台所へ向かっていった。
窓の近くにでも置いておこう。このキャリーケースも随分と使い込んだものだな。緑色のところどころ傷がついたキャリーケースを置くと、僕は少し伸びをした。
「珈琲、入ったぞ」伸びをし終わった丁度その時、クラークがひょっこり台所から顔を出した。珈琲の香りが台所からふわっと香った。
「砂糖入れるか?」とこちらを伺いながら手が恐らく砂糖が入っているだろう瓶に伸びている。
「じゃあ三杯くらい」なんだか断るのが悪い気がした。
「三杯」小さめのティースプーンで三杯、ザラザラと赤いコップに砂糖を掬い入れていく。
そういえば大学でも彼は珈琲を飲んでいたっけな、彼を含めて12人くらいの友人と珈琲を飲んで未来で何をするか議論したもんだ。なんて思い出していたら目の前に赤いカップ。
「ボーっとしてるな」相も変わらず無表情だ。
「昔を思い出してた。なあ、珈琲飲みながら何がしたいか語り明かした日、あったろ」
「…卒業前だったか?あの春の香りがした」
「それだ」とカップを持った手で指をさし。
「お前、何がしたいって言ってたっけ?そこだけ、思い出せないんだ」
少し難しい顔をして一言、クラークの口から飛び出たのは「さて、何だったかな」という言葉だった。

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